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仙台地方裁判所 昭和33年(行)8号 判決

原告 高山国次 外一名

被告 宮城県知事

主文

被告が仙台市富沢字金剛沢二七番山林五町一反五畝のうち実測六町一畝一八歩につき昭和二四年四月一日付買収令書(宮城ろ第一、二七〇号)交付をもつてした買収処分は無効であることを確定する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求める旨申し立て、その請求原因として

「一、仙台富沢字金剛沢二七番山林五町一反五畝はもと原告国次慶吾、訴外高山幸作ら三名の共有であつたが、右訴外人は昭和九年三月一七日死亡し、訴外高山幸之介、高山幸次、高山幸衛、高山まさ子、高山きよ、高山かね子、高山やゑ子の七名が右幸作の持分三分の一を遺産相続し、次いで昭和一一年四月二五日、原告国次に右持分が譲渡(同年七月一六日その旨の移転登記経由)されたので、右二七番山林は原告ら両名の共有となつた。

二、ところで、被告は右二七番山林のうち実測六町六反一畝一八歩(以下、本件未墾地と略記する)につき昭和二四年四月一日、名宛人を訴外高山幸之介(昭和一七年四月三日死亡)、買収の時期を昭和二二年七月二日とする買収令書(宮城ろ第一、二七〇号)を発行、その頃右訴外人の妻高山ミヨノにこれを交付して、旧自作農創設特別措置法(以下、自創法と略記する)第三〇条に基く買収処分をし、次いで昭和二七年四月一日、右二七番山林を同番の一、二、三に分筆したうえ、本件未墾地に該当する同番の三山林四町九反歩につき右買収による所有権取得登記を経由した。

三、しかしながら、右買収処分には、本件未墾地が原告ら両名の共有であり、登記簿上もその共有名義となつているのにこれを無視し、無権利者に過ぎない訴外幸之介を名宛人とし、真の所有者たる原告らに買収令書を交付しない瑕疵がある。かような違法の瑕疵は重大、明白であり、右買収処分は無効であるから、その確認を求めるため本訴に及ぶ。」と陳述し、

被告の主張に対し「買収手続関係は不知、その余の事実は否認する。買収対価を受領したのも訴外ミヨノである。」と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として

「請求原因第一項の事実は認める。同第二項中買収令書が訴外ミヨノに交付されたことは否認するが、その余の事実は認める。同第三項の主張は争う。

本件買収手続は、宮城県農地委員会において、訴外幸之介を本件未墾地の所有者と誤認し昭和二二年六月六日買収計画を樹立、同月九日その旨を公告し、二〇日間縦覧に供した後、同年七月二日被告知事の認可を得、これに基き同被告が前記買収令書を作成、これを右訴外人の叔父たる原告国次に交付して完結をみたものである。

ところで、昭和二二年三月六日頃右未墾地について買収準備のための測量検査が行われた際、原告国次は関係者の一人としてこれに参加協力しており、また原告慶吾は予め係員に対し本件買収には何らの異議なき旨申し述べていたから、原告ら両名は本件買収の経過及び内容を充分に承知していたものであり、更に原告国次は何らの異議を留めることなく買収令書の交付を受け、買収対価をも受領して買収手続の完結、確定をみるに至つたのであるから、本件買収処分は原告ら両名の了解のもとに、形式上訴外幸之介の所有名義で、実質上は原告ら両名に対しなされたものというべく、従つて無効となるいわれは存しない。されば、原告らにおいて自創法所定の期間内に所定の争訟を提起しなかつた以上、ここに右買収処分の効力は有効なることに確定し、もはやこれを争うことはできないというべきである。」と述べた。

(立証省略)

理由

仙台市富沢字金剛沢二七番山林五町一反五畝が原告ら主張の経過で原告ら両名の共有(原告国次の持分三分の二、原告慶吾の持分三分の一)となり、登記簿上もその共有名義となつていること、しかるに被告は右二七番山林のうち本件未墾地の部分につき、訴外亡幸之介(昭和一七年四月三日死亡)を所有者と誤認、同訴外人を名宛人として原告ら主張のような買収令書(宮城ろ第一、二七〇号)を以て買収処分をし、これに基き原告ら主張のような分筆及び所有権取得の各登記を経由したことは当事者間に争いがない。そうすると、右買収処分には、所有者誤認の違法があるということになる。

そこで、この瑕疵が右買収処分を無効ならしめる程のものかというに、先ず、本件未墾地が原告ら両名の共有であることは登記簿上も明らかであるから、これを誤認した瑕疵が客観的に明白なることはいうまでもない。のみならず成立に争いがない甲第一号証、同第三、四号証、方式及び趣旨により真正に成立したと認める乙第一号証の一、二、同第三号証、証人高山ミヨノの証言と弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第二号証に右証言を綜合すれば、右誤認の瑕疵たるや既に昭和二二年六月当時、訴外宮城県農地委員会が樹立した買収計画の中に存するものであり、そのために被告知事もまた買収処分をなすに際し本件未墾地が訴外幸之介の所有なりと誤信し、真実同訴外人の所有名義であつた他の五筆の山林と共に一括して同訴外人を名宛人とする一通の買収令書(宮城ろ第一、二七〇号)を作成、当時既に右訴外人が死亡していたので同人の妻ミヨノに右令書を交付したこと、一方右令書の交付を受けた訴外ミヨノは、同令書の名宛人が夫名義になつており、しかもそこに記載された各山林がいずれも仙台市富沢字金剛沢所在のものであつたところから、すべて亡き夫が所有していたものと誤信し、そこに原告ら共有の未墾地が混入していたことに気付かなかつたので、右令書を原告らに手渡すことは勿論、同令書中に本件未墾地が混入していることを原告らに知らせる余地もなかつたこと、また原告らとしても、原告慶吾は訴外幸之介夫婦との間に親族関係はないし、唯原告国次が同訴外人の叔父ではあつたが、いずれも同訴外人の遺族とは世帯を別にして暮していた関係から、右令書交付の事実を当然知り得べき伏態にあつたとも認められないこと、かくて昭和二五年三月一六日、訴外ミヨノにおいて右未墾地の分をも含め一括して買収対価を受領していることを認定することができ、証人高山登の証言中右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。そうしてみると、本件買収手続をおいては買収計画樹立の当初から既に死亡せる幸之介を所有者と誤つていたものでありしかもこの誤謬たるや形式的な表示上の誤記を留まるものでなく、実質上も右死者の相続人を相手方として手続が進められ、買収令書も原告らに交付されないで右相続人の一人ミヨノに交付されたのであるから、右買収手続は真の権利者たる原告らをば何ら相手方とすることなく終始したものというべきであり、この瑕疵は重大といわなければならない。尤も証人菅原正志、中島高吉の各証言によれば、本件未墾地買収の事務に従事していた訴外菅原正志は買収計画樹立に先立ち、右未墾地が買収される予定である旨原告らに連絡し、更に買収準備のための現地調査にも原告国次の立会を得たことが認められるから、原告らにおいて将来右未墾地が買収されることの可能性を予測し得たことは推認できるけれども、この故にその後樹立された買収計画及びこれに基く買収処分の経過、内容の実際をも当然了知し得たものということはできないのみならず、この現実の買収手続自体が原告らを相手方とすることなく進められて来たことは右に認定したとおりであるから、右各証言によるも前記判断を動かすことはできない。

以上の次第で、本件における所有者誤認の瑕疵は明白にして重大であるから、本件買収処分は当然無効というべく、その無効確認を求める原告らの請求は理由がある。よつてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 中川毅 小林謙助 佐藤邦夫)

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